その8 別れ

 

今回は、一番書きづらい時のことです。
なので、とちゅう乱暴な表現とかがあって、いつもとは少し違う雰囲気かもしれません。
嫌な予感のする人は、始めからスルーしてくださるようお願いします。


せーりー君が発作を起こしたのは、突然の出来事でした。
でも、今にして思えば、その前から兆候があったことも確かだったのです。

その日はせーりー君は、いつものように朝ご飯を食べ終えました。
でも、しばらくすると、足にけいれんを起こして、咳き込み始めたのです。
辛いのに、というか、辛いからこそ、それを訴えるために、
けいれんする足を引きずりながら、私たちの所に必死にやってきました。

私は、それを、いつものように、といっても、いつもよりもひどい発作だったのですが、
せーりー君の体をさすってあげることで和らげようとしました。
でも、病気に私よりも詳しい夫は、
「これは、心筋梗塞だから、早く病院に連れて行かないと!
この状態になったときは、どれだけ早く処置できるかによって、
その後の助かる見込みが違ってくるんだから!!」
と言って、私に病院に電話をするように促しました。
私は、こちらに越してきてからの、ワクチンなどで、かかりつけにしていた病院に
電話をしたのですが、何か電話をする前に、とても嫌な予感がしたのです。
普段なら、そんな風に嫌な予感がするときは、その行動をやめるのですが、
今の所に越してきてからは、私が納得できる他の動物病院を
探すことができていなかったし、時間との勝負ということだったので、電話をして、
すぐにせーりー君を病院に連れて行きました。
そして、そのまま、せーりー君を預け、夕方になって、また病院に行きました。

病院では、せーりー君は、意識はハッキリしたままのようでした。
心筋症の症状は、さっきよりは良くなっていたのですが、点滴を打っていました。
私たちは、すぐにでも引き取って連れて帰るつもりだったのでですが、院長先生に、
「一週間くらいの入院が必要です。」と言われてしまい、点滴もされていたので、
何か強引に連れて帰ることもできず、しばらく面会をさせてもらってから、
私たちだけで帰ってくることになったのです。
別れるときは、せーりー君は、てっきり自分も一緒に帰れると思っていたようで、
そうではないことが分かったときは、目をまん丸くして、私たちに向かって
すがるように見つめていたことを、今でも忘れることができません。

次の日も面会に行って、やはり、「連れて帰ることはできないのか」と聞いたのですが、
その日は院長先生がおやすみで、「院長に相談をしないと。」と若い先生に言われてしまい、
私たちは、すごすごと帰ってきてしまいました。
普段なら、私たち夫婦のどちらもが、自分の言いたいことがあれば、
けっこうハッキリと主張するタイプでありながら、その時は何かできなかったのです。
でも、それが、後になって、大きな後悔を生む結果となってしまったのでした。

けっきょく、家に帰ってから、「私はなぜこんな大切な時に、大切なせーりー君を、
信頼していいかどうか、まだ分からない人に預けてしまっているんだろう」
という疑問が頭をもたげ、次の日になったら朝一番に電話をして、
もう誰が何と言おうとせーりー君を引き取って帰ろうと、決意していたのでした。
何よりも、せーりー君が家に帰りたがっているのを、痛いほど感じるからでした。

せーりー君と一緒に暮らすようになってから、2回引っ越しをしたので、
今の所は、せーりー君にとっては三つ目の住まいということになります。
今までの所の獣医さんは、ネコの気持ちを一番に考えてくれる先生だったので、
信頼して、何かあると相談していたのでした。
でも、今の所に越してきてからは、検査の結果の数値とかばかりを重視して、
ネコの気持ちを考えてくれる先生を見つけることができなかったのです。

これは、どちらが良いとか悪いとかの問題ではなく、
単に価値観の違いの問題に過ぎないと言うことは理解しているつもりです。
でも、ネコの気持ちより、数値だけを重視されてしまうと、
どうしても、この先生は動物が好きというよりも、動物実験が好きなの?という印象を
私は、時々、持ってしまうのでした。


そして、次の日の朝一番に…、という私の思いは、届くことはありませんでした。

その日は、明け方の5時過ぎに、病院から電話が入ってきました。
「容体が急変して、心臓が止まっているので、すぐに来てください。」
といった内容の電話でした。
その電話をしているとき、別の部屋で寝ているはずの夫が
ゴソゴソと起きて、出かける支度を始めていました。
夫の所に行って、電話の内容を伝えて、そのまま二人で出かけました。
行きがけに夫に、
「ずいぶんと準備が早かったね。」と言うと、
「さっき、耳から魂が抜ける感覚があったから、もうダメなのかと思って。。。」
と、ぼそっと話していました。
私は、「うん」とだけ答えると、後は病院まで、二人とも黙ったままでした。

病院には電話から10分ほどで着きました。
そこでは、院長先生がひとりで、せーりー君に人工呼吸器を取り付け、
心臓マッサージを行っていたのですが、
せーりー君の瞳孔は開ききったままで、それを見たときには、思わず、
私たちに対しての取り繕いのためだけにやってる?なんて思ってしまったのでした。

私としては、すぐにでも、せーりー君の人工呼吸器を外して
連れて帰りたい気持ちでいっぱいだったのですが、
先生の方には、その気持ちを分かってもらえなかったようで、心臓マッサージをしながら、
「もう心臓はすでに止まっているんですよ。」
と、心電図を見せながら、もう応急処置は無駄なんだと言わんばっかりの説得を始めていました。
私が形だけ頷くと、「お気の毒ですが」と言いながら、
人工呼吸器や点滴の注射を取り外し始めました。
私も一緒に、いつもせーりー君の世話をしている癖で、
せーりー君の開いた瞳孔を閉じさせたり、口から舌が出てしまっていたので、
それを中にしまったりを無意識に行っていたのですが、にもかかわらず先生に、
「待合室でお待ちください。」と事務的に言われたときには、
「一緒にいてあげてはダメなんですか?!」
と、つい言葉が出てしまったのでした。
それに対して先生は、なぜかビックリしたような表情をしながら
「い、いえ、ただ、て、点滴の針を外すだけだったので。。。。」
と、しどろもどろに言い訳を始めました。そんな態度を見たら、
「けっきょく、ここは側にいてあげたいという飼い主の気持ちも、ネコの気持ちも
理解しない病院だったんだ。。。」という思いだけが、こみ上げてしまって、
さらに、ここにせーりー君を預けてしまったという後悔が強くなってしまったのでした。

そして、まだ、かすかに体温が残っているせーりー君の遺体をそのまま抱きかかえて、
夫の運転する車に乗ると、せーりー君が一番辛いときに側にいてあげられなくて、
どんなにせーりー君は寂しくて頼りなかっただろうという気持ちがこみあげ、
涙が流れるのが止まらなくなってしまったのでした。

そして、その数時間後に、病院の事務員さんから電話で請求された金額には、
頼んでもいない検査をしようとして出来なかったと言っていたはずの検査代やらなんやらで、
最初に言っていた金額の、相当額を上回る金額を請求してきました。
その時は、けっきょく、これが目的だったのかと、そんな思いさえ出てきてしまい、
そうまでして欲しければ、欲しいだけくれてやるわよ、みたいな気持ちでお金を払ったのでした。

でも、そんなネガティブな気持ちが、いい結果をもたらすはずはありません。
そして、ただでさえ心はつながっていて、互いに伝播し合うのです。
しかも、このときは、すでにせーりー君の意識は、肉体から離れているので、
その心の伝播は、いつもよりも、さらに大きく、影響し合っていました。

その後、バルドーに入っていったせーりー君の意識は、とても苦しんで暴れていました。
それに、私や夫の意識も、そのせーりー君のバルドーに、
すっかり巻き込まれてしまったのでした。

 

 

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